の深い皺が、歯の抜けて落ちくぼんだ頬《ほお》を、眼の下から斜めにたち切っていた。そういう衰残の憐《あわ》れな顔を刻んだものは、ただ老年と疾病《しっぺい》のみではなかった。生活の苦しみもそれに加わっていた。――がそれにもかかわらず、彼は悲しんではいなかった。落ち着いた大きな口には、朗らかな温情が現われていた。しかしその年老いた顔に痛切な穏和さを与えてるものは、ことに眼であった。眼は清澄な淡灰色だった。平静と誠実とをもってじっとまともにながめた。それは魂を少しも隠さなかった。心の底まで開き示してるがようだった。
彼の生涯は事件に乏しかった。長年独身をつづけていた。細君は死んでいた。彼女は大して善良でなく、大して怜悧《れいり》でなく、少しも美しくはなかった。しかし彼は彼女についてしみじみとした思い出をもっていた。彼女を亡《な》くしたのは二十五年前だった。それ以来彼は一晩といえども、彼女と悲しいやさしい短い対話を心の中でしないでは、眠ったことがなかった。自分の一日一日に彼女を結びつけていた。――彼には子供がなかった。それが生涯の大きな憾《うら》みだった。彼は父が子に対するように学生らに愛着し
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