らなんとか言ってもらいたかった。しかしハスレルは、その話に格別興味を覚えないで、もうなんとも言わなかった。そしてクリストフの身の上についても、なんらの問いをもかけなかった。欠伸をしてしまってから、尋ねた。
「前からベルリンへ来てるのかね。」
「今朝ついたばかりです。」とクリストフは言った。
「そう。」とハスレルは別に驚きもしないで言った。「宿屋はどこだい。」
 返辞を聞くふうもなく、彼は懶《ものう》げに身を起こし、呼鈴のボタンに手を伸ばし、そして鳴らした。
「ちょっとごめん。」と彼は言った。
 小間使が例の横柄《おうへい》な様子をして現われた。
「キティー、」と彼は言った、「今日は俺《おれ》に朝飯を食わせないつもりかい。」
「でも、」と彼女は言った、「お客様とごいっしょのところへ食べ物をもってまいってはいけないじゃございませんか。」
「なぜいけないんだい。」と彼は言いながら、嘲笑《ちょうしょう》的な瞬《またた》きでクリストフをさし示した。「この方は俺の精神を養ってくださる。俺は身体を養おうとするんだ。」
「人様の前で召し上がるのを恥ずかしいとはお思いなさらないのですか、動物園の獣のよう
前へ 次へ
全527ページ中349ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング