んでゆくばかりだった。彼の敵たるこの小都市は、彼がおぼれるのをながめていた……。
そして彼がもがいてる時、暗夜のさなかに一つの電光がひらめいて、ハスレルの面影が照らし出された。子供のおり彼があれほど愛した大音楽家であって、今やその栄誉はドイツ全土に光被していた。彼はハスレルが昔なしてくれた約束を思い出した。そして絶望的な力をこめてその残りの一事にすがりついた。ハスレルは彼を救ってくれるかもしれなかった。救ってくれるはずだった。彼が求めるのはなんであったか。助力でもなく、金銭でもなく、いかなる物質的援助でもなかった。何物でもなく、ただ理解してもらうことだけだった。ハスレルも彼と同様に迫害されたことがあった。ハスレルは自由の人であった。ドイツの凡庸《ぼんよう》さから恨み深く追求されて押しつぶされそうになってる一人の自由の人を、理解してくれるはずだった。二人は同一の戦いを戦ってるのだった。
彼はその考えをいだくや否や、すぐに実行した。彼は母へ一週間不在になることを告げた。そして、ハスレルが音楽長の地位についてる北ドイツの大都会へ向かって、その晩汽車に乗った。待つことができなかったのである
前へ
次へ
全527ページ中337ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング