てある一節を理解すると、それはたいてい無意味な壮語であった。
 そのうちに、かかる渾沌《こんとん》の中から、剣戟《けんげき》、鋭利な言葉、勇ましい笑声など、数条の光線が迸《ほとばし》り出てきた。次第にその初歩の読書から、おそらく編纂の傾向的意図によってであろうが、一つの印象が浮かび上がってきた。ドイツの出版者らは、フランス人の欠点とドイツ人の優秀さとを、フランス人自身の証明によって確定し得るようなものを、その文集中に選び入れていた。しかしながら彼らは、クリストフのような独立的精神の者がそれから明らかに見て取ることは、自分らのすべてを非難して敵をほめるそれらフランス人らの驚くべき自由さであろうとは、夢にも思ってはしなかったのである。ミシュレーはフレデリック二世を、ノンフレーはトラファルガーにおけるイギリス人らを、シャラースは千八百十三年のプロシアを、それぞれ称揚していた。ナポレオンの敵のうち一人として、ナポレオンのことをかくまで手きびしく語り得てる者はなかった。最も尊敬されてる事柄も、彼らの誹謗《ひぼう》的な精神からのがれてはいなかった。ルイ大王当時にあっても、鬘《かつら》の詩人らは思う
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