、呼吸を妨ぐる古い魂を、荒々しく裂き捨てる、生長の発作の一つであった。
 クリストフは何が起こったのかよくわからずに、ただ胸いっぱいに呼吸した。ゴットフリートを見送ってもどって来ると、氷のような朔風《さくふう》が、町の大門に吹き込んで渦《うず》巻いていた。人は皆その強風に向かって頭を下げていた。出勤の途にある工女らは、裳衣《しょうい》に吹き込む風と腹だたしげに争っていた。鼻と頬《ほお》とを真赤《まっか》にし、腹だたしい様子で、ちょっと立ち止まっては息をついていた。今にも泣き出しそうにしていた。クリストフは喜んで笑っていた。彼は嵐《あらし》のことを考えてはいなかった。他の嵐のことを、今のがれて来たばかりの嵐のことを考えていた。彼は冬の空を、雪に包まれた町を、苦闘しつつ通ってゆく人々を、ながめまわした。自分のまわりを、自分のうちを、見回した。もはや何かに彼をつないでるものはなかった。彼はただ一人であった。……ただ一人! ただ一人であることは、自分が自分のものであることは、いかにうれしいことだろう。つながれていた鎖を、思い出の苦痛を、愛する面影や嫌《けんお》悪すべき面影の幻を、のがれてしまっ
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