のおのおのは、吾人の生涯《しょうがい》の一瞬間にすぎない。もし生きるということが、おのれの誤謬《ごびゅう》を正し、おのれの偏見を征服し、おのれの思想と心とを日々に拡大する、というためでないならば、それは吾人になんの役にたとう? 待たれよ! たとい吾人に謬見《びゅうけん》あろうとも、しばらく許されよ。吾人はみずから謬見あるべきを知っている。そしておのれの誤謬を認むる時には、諸君よりもさらに苛酷《かこく》にそれをとがむるであろう。日々に吾人は、多少なりとさらに真理に近づかんと努めている。吾人が終末に達する時、諸君は吾人の努力の価値を判断せらるるであろう。古き諺《ことわざ》の言うとおり、「死は一生を讃《ほ》め、夕《ゆうべ》は一日を讃《ほ》む。」
   一九〇六年十一月[#地から2字上げ]ロマン・ローラン
[#改丁]

     一 流沙


 自由!……他人にも自分自身にもとらわれない自由! 一年この方彼をからめていた情熱の網が、にわかに断ち切れたのであった。いかにしてか? それは彼に少しもわからなかった。網の目は彼の生の圧力をささえることができなかった。強健なる性格が、昨日の枯死した包皮を
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