みがあった。ただ一つ不満なのは、その楽しみを一人きりで味わうことだった。桟敷を取り上げてやったグリューネバウム一家や、マンハイムの父にたいしては、なんらの苛責《かしゃく》をも感じなかったけれど、自分と桟敷を共にし得るかもしれない人々にたいして、一種の苛責を感じた。自分のような若い者にとっては、それがどんなに喜ばしいことであるかを考えると、その喜びを分かたないのがつらかった。頭の中であれこれと物色してみたが、切符をやるような相手が見つからなかった。そのうえもう遅《おそ》くなっていて、急がなければならなかった。
 劇場へはいる時に、彼は閉《し》め切られてる札売場のそばを通った。座席係りの方にはもう一席も残っていないことが、掲示に示してあった。残念そうに帰ってゆく人々のうちに、彼は一人の若い女を認めた。彼女はまだ思い切って出て行くことができないで、はいって行く人々をうらやましそうにながめていた。ごく簡素な黒服をまとい、さほど背が高くもなく、細そりした顔立ちで、しとやかな様子だった。きれいであるか醜いかは気づく隙《ひま》がなかった。彼は彼女の前を通り越した。がちょっと立ち止まり、ふり向いて、考
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