かに兄へ向かって、「冗談もいい加減にしてください」と頼んだ。しかし彼女はクリストフがまたやって来るようにと種々仕向けた。だれに聞いてもわからないある音楽上の質疑を解いてくれという口実で、彼に手紙を書いた。そして手紙の終わりに、彼があまりやって来ないことや彼に会うのを楽しみとしてることなどを、親しげにそれとなく匂《にお》わした。クリストフは返事を書き、質疑に答え、多忙なことを告げ、そして姿を見せなかった。二人は時々芝居で出会うことがあった。クリストフは執拗《しつよう》に、マンハイム家の桟敷《さじき》から眼をそらした。そして最もあでやかな笑顔を彼に見せようとしてるユーディットに、気づかないふうを装《よそお》った。彼女は固執しなかった。そして彼に愛着してはいなかったので、この少壮芸術家からまったく無駄《むだ》な骨折りをさせられたことを、不都合だと考えた。彼はまた来たくなったら来るだろう。来たくなかったら――なあに、そんな者は来なくても構わない……。
 彼が来なくてもよかった。実際彼がいなくても、マンハイム家の夜会には大きな穴があかなかった。しかしユーディットは、心にもなくクリストフに恨みをい
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