スの作品をあまり好まなかった。そしてひそかに、第二流の作家ではないかと疑っていた。しかし彼の光栄に彼女は威圧された。そして彼から五、六通の書信をもらったことがあるので、その結果彼女にとっては、彼は明らかに当時の最も偉大な音楽家だということになった。彼女はクリストフの真価については、またデトレフ・フォン・フライシェル首席中尉の愚劣さについては、なんらの疑いをもいだいてはいなかった。しかしクリストフの友情よりも、フライシェルが彼女の巨万の富にたいしてなしてくれる追従の方を、いっそう歓《よろこ》んでいた。なぜなら、馬鹿な将校もやはり自分と別な一階級の一人であったから。そしてこの階級にはいることは、ドイツのユダヤ婦人にとっては他の婦人よりもいっそう困難なことだった。彼女は愚かな封建的思想に欺かれてはしなかったけれど、また、もしデトレフ・フォン・フライシェル首席中尉と結婚するとしたら、かえって向こうに大なる光栄を与えてやることになるのだとよく承知してはいたけれど、それでもなお彼を征服しようと努めていた。彼女はその馬鹿者にやさしい目つきを見せながら、また自分の自尊心に媚《こ》びながら、みずから身を
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