げることである。自己を妄信《もうしん》してはいけない。――彼女は、クリストフがどうもそう決心しているらしく思われるとおりに実際においても、ドイツ芸術とドイツ精神との偏見にたいして一徹な攻撃的の道を固執するならば、彼はすべての人を敵に回し、保護者をも敵に回すようになるだろうということを、明らかに見て取っていた。彼は必ずや敗亡に終わるに違いなかった。何故に彼が自分自身にたいして奮激し、好んで身を破滅させるような真似《まね》をするかを、彼女は了解できなかった。
 彼を理解せんがためには、成功は彼の目的ではなく、彼の目的はその信念であるということをもまた、彼女は理解しなければならなかったろう。彼は芸術を信じ、おのれ[#「おのれ」に傍点]の芸術を信じ、おのれ自身を信じ、しかも、あらゆる利害問題のみならずおのれの生命よりもさらにすぐれた現実に対するように、それを信じていた。彼が彼女の意見に多少いらだって、率直に語気を強めながら右のことを言い出す時、彼女はまず肩をそびやかした。彼女は彼の言葉を真面目《まじめ》に取らなかった。そしてそこに、兄の口から聞き慣れてるのと同じような大言壮語があると思った。彼
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