に頭を壁にぶっつけてるばかりではなかったか。知力のすぐれた者は、他人を批判し、ひそかに他人を嘲笑《あざわら》い、多少他人を軽蔑《けいべつ》しはする。しかし彼も、他人と同様なことを行なって、ただ少しよく行なってるのみである。そういうのが、おのれの他人の上に立たせる唯一の方法である。思想は一個の世界であり、行為は別個の世界である。おのれを思想の犠牲となる必要がどこにあろう? 真正に考える、それはむろんのことだ。しかし真正に口をきく、それがなんの役にたとう? 人間はかなり愚かなもので、真実を堪えることができないからといって、彼らに真実を強《し》いる必要があろうか。彼らの弱点を容認し、それに折れ従うようなふうを装《よそお》い、人を軽蔑する自分の心の中でわが身の自由を感ずること、そこにこそひそかな享楽がないであろうか。それは怜悧《れいり》な奴隷《どれい》の享楽だと、言わば言うがいい。しかし世の中では結局奴隷となるのほかはない以上、同じ奴隷となるならば、自分の意志で奴隷となって、滑稽《こっけい》無益な争闘を避けた方がよい。奴隷のうちで最もいけないのは、おのれの思想の奴隷となって、それにすべてをささ
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