い。わしがついてる。」
彼女は子供のことを思ってむりに気を鎮《しず》め、そして微笑《ほほえ》もうとした。
「あんなことを申しましたのは、私が悪うございました。」
老人は頭をうち振りながら彼女を眺めた。
「かわいそうに、わしがお前にやった贈物はりっぱなものではなかった。」
「私の方が悪いんです。」と彼女は言った。「あの人は私みたいな者と結婚なさるのではありませんでした。自分のしたことを後悔なすっています。」
「何を後悔しているって?」
「それはあなたがよく御存じでございましょう。私があの人の妻になりましたのを、あなた御自身でも気を悪くしていらっしゃいました。」
「もうそんな話をするもんじゃない。なるほどわしは多少不満だった。あのような青年――こう言ったって何もお前の気にさわりはすまい――わしが注意して育て上げた青年、すぐれた音楽家で、ほんとうの芸術家で――まったく彼は、お前のように貧乏で、身分が違い、なんの技能もない者より、もっとほかの女を選むこともできたはずだ。クラフト家の者が音楽家でもない娘と結婚するなんてことは、もう百年あまりこの方|例《ためし》がないんだ!――それでも、お前も
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