の最初の邂逅《かいこう》は、大人の場合よりもより悲壮でありより真正直である。自分自身の存在と同じように、苦しみも限りないもののように思われる。苦しみは自分の胸の中に棲《す》み、自分の心の中に腰を据《す》え、自分の肉体を支配してるように感ぜられる。そしてまた実際そのとおりである。苦しみは彼の肉体を啄《ついば》んだ後でなければ肉体から去らないだろう。
母親は子供を抱きしめながら、かわいい言葉をかけている。
「さあ済んだよ、済んだよ、もう泣くんじゃありません。ねえ、いい子だからね……。」
子供はなお途切れ途切れに、訴えるように泣きつづける。その無意識な不格好なあわれな肉の塊《かたまり》は、自分に定められてる労苦の一生を予感してるかのようである。そして何物も彼を静めることはできない……。
サン・マルタンの鐘の音が、夜のうちに響きわたった。その音は荘重《そうちょう》でゆるやかであった。雨に濡《ぬ》れた空気の中を、苔《こけ》の上の足音のように伝わっていった。子供はすすり泣いていたが、ぴたりと声を止めた。豊かな乳が流れ込むように、美妙な音楽が静かに彼のうちに流れ込んできた。夜は輝きわたり、空気
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