は和やかで温かだった。子供の苦悩は消えてゆき、その心が笑い始めた。そして彼は我を忘れた大きい息を一つして、そのまま夢の中におちこんでいった。
三つの鐘が静かに鳴りつづけて、明日の祭りを告げていた。ルイザも鐘の音に耳を傾けながら、過去の惨《みじ》めなことどもを思い浮かべ、またそばに眠ってるかわいい赤子の行末などをぼんやり考え耽《ふけ》った。彼女はもう数時間前から、けだるいがっかりした身を、寝床に横たえていたのである。手先や身体がほてっていて、重い羽根|蒲団《ぶとん》に押し潰《つぶ》される思いをし、暗闇のために悩まされ圧迫されるような気がしていた。しかし強《し》いて身を動かそうともしなかった。彼女は子供の顔を眺めていた。暗い夜ではあったが、年寄じみた子供の顔立を見分けることができた。眠気《ねむけ》が襲ってきて、頭の中にはいらだたしい幻が通りすぎた。メルキオルが扉を開ける音を耳にしたように思って、胸がどきりとした。時々河の音が、獣の吼《ほ》え声のように、寂寞《せきばく》たる中に高く響いてきた。ガラス窓は雨に打たれて、なお二、三度音をたてた。鐘の音はしだいにゆるやかになってゆき、ついに消えて
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