険な場合を想像してみた。
寝床の中では、母親のそばで、子供がまた動きだしていた。未知の苦悩が、おのれの存在の奥底から湧《わ》き上がってきていた。彼は母親に身を堅く押しつけた。身体をねじまげ、拳《こぶし》を握りしめ、眉《まゆ》をひそめた。苦悩は力強く平然と、大きくなるばかりであった。その苦悩がどういうものであるか、またどこまで募ってゆくものか、彼には分らなかった。ただ非常に広大なものであり、決して終ることのないものであるように思われた。そして彼は悲しげに声をたてて泣き出した。母親はやさしい手で彼をなでてやった。苦悩はもうずっと和らいでいた。しかし彼は泣きつづけていた。自分の近くに、自分のうちに、その苦悩がいつもあるように感じていたからである。――大人《おとな》が苦しむ時には、その苦しみの出処を知れば、それを減ずることができる。彼は思想の力によって、その苦しみを身体の一部分に封じ込める。そしてその部分はやがて回復されることもできれば、必要に応じては切り離されることもできる。彼はその部分の範囲を定め、自分自身から隔離しておく。しかし子供の方は、そういうごまかしの手段をもたない。彼と苦しみと
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