ち寄って遅くなることもあった。彼はそこで、自分自身にたいする満足と他人に対する寛容とを汲みとった。そういう晩には、からから笑いながらもどって来た。しかしそういう笑いは、いつもの口には出さない考えや胸に蓄えてる怨恨《えんこん》よりも、ルイザにはいっそう悲しく思われた。彼女は夫のそうしたふしだらにたいして、自分にも多少責任があるように感じていた。そのふしだらのたびごとに、家の金がなくなるとともに、夫の心に残ってるわずかな真面目《まじめ》さもしだいに消えていった。メルキオルは身をもちくずしていった。たえず勉《つと》めて自分の平凡な才をみがくべき年ごろに、彼はずるずると坂を滑り落ちて顧《かえり》みなかった。そして他人に地位を奪われていった。
しかしながら、麻のような髪の毛の一女中に彼を結びつけた不可知なる力にとっては、それがなんの関係があろうぞ。彼はただ自分の役目を演じたのである。そして今や小さなジャン・クリストフが、運命の手に導かれて、この地上に足を踏み出していた。
すっかり夜になっていた。ジャン・ミシェル老人は暖炉の前で、昔や今の悲しいことどもを考えながらぼんやりしていたが、ルイザの
前へ
次へ
全221ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング