妻に選ぼうとは、まったく賭事《かけごと》みたいな沙汰《さた》らしく見えるのであった。
 しかしメルキオルは、他人が期待してることやまた自分みずからが期待してることとは、常に反対のことを行なうような類《たぐい》の男であった。かかる人たちは目先のきかないわけではない――目先のきく者は二人前の分別があるそうだが……。彼らは何事にも欺《あざむ》かれることがないと高言し、一定の目的の方へ自分の舟を確実に操《あやつ》ってゆけると高言している。しかし彼らは自分自身を勘定に入れていない、なぜなら自分自身を知らないから。いつも彼らにありがちなその空虚な瞬間には、彼らは舵《かじ》を打ち拾てておく。そして物事は勝手に放任さるると、主人の意に反することに意地悪い楽しみを見出すものである。自由に解き放された舟は、まっすぐに暗礁を目がけて進んでゆく。かくて野心家のメルキオルは女中|風情《ふぜい》と結婚した。とは言え、彼女と生涯の約を結んだ時、彼は酔っ払ってもいなければぼんやりしてもいなかった。また彼は情熱の誘《いざな》いをも感じてはいなかった。そんなものは非常に欠けていた。しかしわれわれのうちには、情意以外の他の
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