人離れて真理を追求しつつ敬虔《けいけん》なる努力をつづけている選まれたる人と、敗戦の苦痛によって鍛え上げられた一民族のうちに潜んでいる再興の力とを、彼は発見したのであったが、それは眼前を通過する一|閃《せん》の光明にすぎなかった。根深きところより射す光明ではあったが、それを覆《おお》う暗闇はなお深かった。そしてある日の暴動を機縁として、彼はかつておのれの祖国より逃れたと同じように、フランスの国外に逃亡しなければならなかった。
 この間、彼は故国にある時またパリーにある時、幾多の恋愛を経験した。あるいはやさしい心の愛情であり、あるいは強い肉体の欲情であった。そしてそれらの迷執《めいしゅう》に、幾度か傷つきながらも、幾度かつまずきながらも、彼の魂はかえって鍛えられつちかわれた。真実と芸術とに奉仕する彼の心が、息苦しい異性の香りの方へ引きずられたのは、またそれらの事件から、憂鬱《ゆううつ》でなしに力を、精神の頽廃《たいはい》でなしに緊張を、たえず摂取していったのは、彼の強烈な生命の力のゆえにほかならなかった。
 生命の力とその闘争、それがジャン・クリストフの生涯を彩《いろど》るものであった。
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