できないみちあふれた生命の力とを、彼は具えていた。その感受性は、眼に見えるものより眼に見えざるものへと探り入る時、独特な音楽の才となって現われた。その生命の力は、音楽の才をつちかいつつ、生命の自由な伸展をそこなうあらゆるものに、猛然と飛びかかっていった。赤裸の魂がいだくところのものは、生命の愛と真実の要求とであった。そしてジャン・クリストフがまず周囲に見出したものは、ドイツの虚偽であった。食傷し腐敗した多感性と、理想と実利との怪しい妥協より成る傲慢《ごうまん》性とであった。そこに彼の第一の反抗が始められた。そしておのれ一人の力でいかんともすべからざるを知った時、彼の眼は光の国たる南方のフランスに注がれた。しかし、フランスの輝かしい空気を呼吸することによって祖国の重苦しい空気を忘れんとした彼は、いわゆる光の国の主都パリーにおいて何を見出したか。それは腐爛《ふらん》した文明の臭気であった。根こぎにされた人々の無定見と、粉飾を事とする思想感情の淫蕩《いんとう》と、病的な個人主義とであった。かくて彼の第二の反抗は、このフランスの虚偽にたいしてなされた。そして欺瞞《ぎまん》に落ちた周囲の中に、一
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