、その重みの下に苦闘しつつ、よくそれを双腕に支え得るならば、彼の前には豁然《かつぜん》として新たな天地が開けてくるであろう。その時彼はすでに、新旧両時代にまたがって立っているのである。そして彼が一歩ふみ出す時、その肩の荷はもはや「新らしき日」となっているであろう。
 虚偽と惰眠とに対して苦闘しつつ、真実へ向かって勇敢に突進する、解放せられたる自由なる魂、一人太陽の子たる孤独を味わいつつも、新旧両時代の橋梁《きょうりょう》たるべき魂、しかも生れながらにしてそうある魂、その魂の脈膊は、実にジャン・クリストフのうちに聴き取り得らるるのである。
 ジャン・クリストフは、ライン河畔にあるドイツの小さな都市に生まれた。かなり人に知られた音楽家の貧しい家庭、老年と生活の苦労とに弱りはてた祖父、音楽上の天分をもちながら放蕩《ほうとう》に身をもち崩《くず》した父、賤《いや》しい育ちではあるが家計にたくみでまた優しい清い心を具えている母、一生を神に託して行商の旅に流浪してる叔父、そういう人々の間にジャン・クリストフは育っていった。幼年のころから早くも死の恐怖に襲われるほど強烈な感受性と、何物もはばむことの
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