風呂敷《ふろしき》にいっぱい米と野菜とをもらっていったためか、それきり姿を見せませんでした。
「困ったものだな」と村人達は言いました。
そして、中一日おいた次の日の夕方です。村の若者が一人、やはり猿爺《さるじい》さんの居どころを探しあぐんで、村から半里ばかりある丘のふもとを通っていますと、どこからか、キンショキショキ、キンショキショキ……という気持ちのいい音が聞こえてきました。
「おや」
若者はびっくりして立ち止まりました。するとやはり、キンショキショキ、キンショキショキ……と、今まで聞いたこともない不思議な音が響いてきます。若者はその音に聞きとれて、ぼんやりその方へ進んでゆきますと、まあどうでしょう。
丘のふもとの、こんもりと杉の木が五六本茂ってるところに、美しい水がふつふつと湧《わ》き出しています。そしてその側で、赤い布と鈴とをつけた大きな猿が、桶《おけ》でせっせと米をといでいます。その音が、キンショキショキ、キンショキショキ……と、不思議な音楽のように響いています。なおよく見ると、杉の木の下には、髪の毛も髭《ひげ》もまっ白な爺さんが、毛布にくるまってござの上に寝ています。
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