或は深く胸の底に思いを沈めて、首垂れながら行くのだ。物影が、木立の影が、不意の驚きをぞっと身にしませる。人影一つなく、犬の声さえもない、静まりかえった夜更けである。
苔むした石の碑がある。五尺ばかりの台石の上に、狐の像がしゃがんでいる。片方の耳が欠け、尖った口の先が欠けている。またも狐の像が、今にも飛び出そうとしている。その先に、祈祷所だ。
半ば崖の中に、洞穴みたいに、石をたたみこんで、朽木の庇がさし出ている。鈴のついた紅白の布の太い綯綱。手垢に黒ずんだ幾筋もの綯綱。竹竿でたてた沢山の赤や白の旗。多くの小さな絵馬。身を屈めて中をのぞきこむと、蝋燭の焔に黒くすすけた石壁の中に、狐格子がはめこんであり、長い髪の毛の束が所々に結びつけられている。格子の中は真暗で、ほんのりと光っているのは、鏡ででもあろうか。
そこを通りすぎると、私は裏道から来たのだ、小さな鳥居の列。赤塗りの鳥居、白木の鳥居、すきまなく立並んで、而も頭につかえるくらい低い。その長い隧道をすぎると、ぱっと明るい照明で、その先に、大きな石の鳥居、立派な堂宇、稲荷様の本社だ。
或る夜おそく、もう二時……丑三つに近い頃、ふらり
前へ
次へ
全15ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング