には、稲荷様は主体の神社より一段と高いところにある。そしてこの稲荷様には、たいてい石の鳥居をたてた本殿と、それから少しはなれて、小さな木の鳥居が幾つもならんでる祈祷所がある。私の家の近くの神社でもやはりそうだった。
 私は夜分おそく、その神社を通りぬけることが屡々あった。
 私も人並に、胸に憂悶を持っていた。即ち、悲痛な恋愛とロマンチックな頽廃と、無力な反抗とだ。そのために、やけ酒も飲んだし、無意味な彷徨もした――母が病気で寝込んではいるが。
 深夜の酔余の彷徨の帰りには、神社の境内を通りぬけることが多く、そのような時、足は自然に、荒凉たる山野を偲ばせる崖地の方、稲荷堂の方に向くのだった。
 池の横手から爪先上りになる。両側は一面に低い小笹と雑草、大木の幹がすっくと伸びあがり、仄白い肌目を見せてる枯木も交り、空を蔽った枝葉の下はしいんとした静けさだ。電灯の照明が甚だしくまばらで、ようやく小道が辿られるに過ぎない。かなたの灯火に目をつけ、足元に気を配り、ステッキをひきずり、その時々の気持に応じて、悲しいロマンスの一節か、壮烈な漢詩の一句か、甘っぽい俗謡の断片かを、口ずさみながら行くのだ。
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