ぞ。」
 はっはっは……私はなお笑いながら、横手の小窓を開くと、なんと、そこに、鉄棒が並んでいるのだ。私はそれにとびついて、更に足でもつかまって、四肢でぶら下りながら、ううう……と揺りはじめた。
 息切れがして、顔が熱くなった。
 飛びおりると、小野は呆気にとられてつっ立っていた。
「オランウータンだ。」
 じっと見つめた時、小野はふいに、顔色を変えた。一瞬、それが長い時間のようで、私たちは眼を見合っていた。小野は一歩よけて、私の肩を捉えた。
「しっかりしろよ。」
 そして私に手を添えて、席につかしてくれた時、私は感じた、私が内心に或る自暴自棄な想念を懐いていて、自殺とか犯罪とかの芽をはぐくんでるんだと、小野が思ったことを。その感じは私を小野から引離し、そして私は小野のことを、愚劣な低俗な奴だと思ったのである。
「オランウータンだ。」
 こんどは、皮肉な落着いた調子で、私はくりかえした。
 小野は眼をしばたたいた。日焼けのした、そして恐らく潮風にも曝されたらしいその顔は、皮膚が厚く強いが、或る窶れと衰えとを底に見せていた。学生時代の敏活な血液と筋肉とはもうなかった。その代りに、感覚の鈍
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