逢えないというわけがわかりませんでした。そして「千草姫は自分の亡くなったお母様ではないかしら」と、ふと思われました。それで、たずねてみようと思ってふり返られると、もう千草姫はそこにいませんでした。
 王子は御殿の庭に立ったまま、も一度千草姫に逢わなければならないと決心されました。

      三

 それから王子は、月のある晩はいつも庭に出て、森の精を待たれました。けれど森の精は一向《いっこう》迎えに来てくれませんでした。王子は悲しそうにお城の裏門の方を眺められました。その鉄の戸は厳しく閉め切ってありまして、いくら王子の身でも、それを夜分《やぶん》に開かせることは出来ませんでした。
 王子はいろいろ思い廻された上、遂にお守役《もりやく》の老女《ろうじょ》にわけを話して、白樫《しらがし》の森に行けるような手段《てだて》を相談されました。老女は大層《たいそう》王子に同情しまして、いいことを一つ考えてくれました。
 ある日王様が庭を散歩していられます所へ、王子と老女とが出て参《まい》りました。老女はこう王様に申し上げました。
「このお庭は、月夜の晩はそれはきれいでございますけれど、あまり淋
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