へ王子が行かれますと、千草姫は非常に悲しそうな顔をして立っていました。またその晩は、森の精さえ一つも出て来ませんでした。王子は何となく胸をどきどきさせながら、姫にたずねられました。
「今晩はどうなされたのです」
「今に悲しいことが起こって参《まい》ります」と千草姫は答えました。王子はいろいろたずねられましたが、千草姫はどうしてもわけを言いませんでした。ただ「今にわかります」と答えるきりでした。
王子と千草姫《ちぐさひめ》とは黙って芝地《しばち》の上に坐っていました。月の光りが一面に落ちて来て、草の葉や花びらや木の葉をきらきらと輝かしていました。やがて千草姫はほっと溜息《ためいき》をついて言いました。
「もうお目にかかれないかも知れません」
それをきくと、王子は急に悲しくなりました。
「お時間じゃ、お時間じゃ、御殿《ごてん》のしまるお時間じゃ」と、うしろで歌う声が聞こえました。
見ると、いつのまにか矢車草《やぐまるそう》の森の精がうしろに立っていました。それでも王子は帰ろうとされませんでした。けれど千草姫は、むりに王子を慰《なぐさ》めて帰らせました。
王子にはどうしても、千草姫に
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