しも困りませんでした。秋のはじめに洪水《こうずい》が出ましても、前から川の堤《つつみ》が高く築かれていましたので、少しも田畑を荒しませんでした。そして王子の言葉がいちいち当たるので、王様はじめ御殿《ごてん》中の者は皆、大変に驚きました。いつとはなく、「王子は神様の生まれ変わりだ」という評判が国中に広まりました。王様はどうして先のことを知ることが出来るのか、いろいろ王子にたずねられましたが、王子は千草姫《ちぐさひめ》から堅く口止めをされていましたので、何とも答えられませんでした。そして遂には王様まで、自分の子は神の生まれ変わりではないかと思われるようになりました。
けれど、王子にも、ただ一つ自分の思うようにならないことがありました。それは毎晩月を出すことが出来ないことでありました。月が輝いた晩でなければ、千草姫は迎えにきてくれませんでした。
宵《よい》に月が出る時は、いつも矢車草《やぐるまそう》の森の精が御殿の庭まで迎えに来てくれました。王子は千草姫の所に行って、御殿の戸がしまる十時少し前に帰って来られました。
ところがある晩、いつものように白樫《しらがし》の森の中の芝地《しばち》
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