例の空地《あきち》の所まで行かれましても、誰も出て来ませんでした。
 あたりはしいんとして、高い木の梢《こずえ》から月の光りが滴《したた》り落ちているきりでした。お城の中の賑《にぎ》やかな騒ぎが、遠くかすかにどよめいていました。
 王子は長い間待っていられました。眼に涙をためて、「千草姫《ちぐさひめ》、私です!」とも叫ばれました。けれども姫も森の精も姿さえ見せませんでした。
 とうとう王子は涙を拭《ふ》きながら、思い諦めて戻ってゆかれました。森の入口で待っていた老女が何かたずねても、王子はただ悲しそうに頭を振られるのみでした。
 王子は考えられました。なぜ千草姫は出て来てくれないのであろう。悲しいことが起こると言われたがそれはどんなことだろう。姫は亡くなられたお母様のような気がするが、ほんとにそうだろうか。なぜ私に何にも教えてはくれないのかしら。
 そのうちに、悲しいことというのが実際に起こって来ました。城下のある金持が、白樫《しらがし》の森の木をすっかり切り倒して材木にし、その跡を畑にしてしまうというのです。城下にはだんだん人がふえてきまして、新たに家を建てる材木がたくさんいりますし
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