どうと落ちる雨の音ばかり。眼に見えるものと云っては、渦を巻いて飛んでいる鴉《からす》の群だけである。その鴉の群は、雲のように拡がると見る間《ま》に、さっと畑のうえに舞い降り、やがてまた、どことも知れず飛び去ってゆくのだった。
 屋敷の左手に大きな山毛欅《ぶな》の木が幾株かある。四時頃になると、もの淋しい鴉の群はそこへ来て棲《とま》り、かしましく啼きたてる。こうして、かれこれ一時間あまりの間、その鴉の群は梢から梢へ飛び移り、まるで喧嘩でもしているように啼き叫びながら、灰色をした枝と枝との間に、黒い動きを見せていた。
 来る日も来る日も、彼女は日の暮れがたになると、その鴉の群を眺めた。そして荒寥《こうりょう》たる土地のうえに落ちて来る暗澹たる夜の淋しさをひしひしと感じて、胸を緊《し》められるような思いがするのだった。
 やがて彼女は呼鈴を鳴らして、召使にランプを持って来させる。それから煖炉《だんろ》のそばへ行く。山のように焚木《たきぎ》を燃やしても、湿り切った大きな部屋は、ねっから暖くならなかった。彼女は一日じゅう、客間にいても、食堂にいても、居間にいても、どこにいても寒さに悩まされた。骨の髄まで冷たくなってしまうような気がした。良人は夕餉《ゆうげ》の時刻にならなければ帰って来なかった。絶えず猟に出かけていたからである。猟に行かなければ行かないで、種蒔きやら耕作やら、耕地のさまざまな仕事に追われていた。そして、良人は毎日、嬉しそうな顔をして、泥まみれになって屋敷へ帰って来ると、両手をごしごし擦りながら、こう云うのだった。
「いやな天気だなぁ!」
 そうかと思うと、また、
「いいなあ。火ッてものは実にいいよ」
 時にはまた、こんなことを訊くこともあった。
「何か変ったことでもあったかね? どうだい、ご機嫌は?」
 良人は幸福で、頑健で、ねッから欲のない男だった。こうして簡易な、健全な、穏やかなその日その日を送っていれば、もうそれでよく、それ以外には望みというものを持っていない。
 十二月のこえ[#「こえ」に傍点]を聞く頃になると、雪が降って来た。その頃になると、彼女は凍ったように冷たい屋敷の空気がいよいよ辛くなって来た。人間は齢を重ねるにつれてその肉体から温かみが失せてゆくものだが、それと同じように、この古色蒼然たる屋敷も、幾世紀かの年月を閲《けみ》するうちに、いつしか、
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