初雪
モオパッサン
秋田滋訳

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)嶺岑《みね》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)三|粁《キロメートル》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]
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 長いクロワゼットの散歩路が、あおあおとした海に沿うて、ゆるやかな弧を描いている。遥か右のほうに当って、エストゥレルの山塊がながく海のなかに突き出て眼界を遮り、一望千里の眺めはないが、奇々妙々を極めた嶺岑《みね》をいくつとなく擁するその山姿は、いかにも南国へ来たことを思わせる、うつくしい眺めであった。
 頭を囘《めぐ》らして右のほうを望むと、サント・マルグリット島とサント・オノラ島が、波のうえにぽっかり浮び、樅《もみ》の木に蔽われたその島の背を二つ見せている。
 この広い入江のほとりや、カンヌの町を三方から囲んで屹立《きつりつ》している高い山々に沿うて、数知れず建っている白堊《はくあ》の別荘は、折からの陽ざしをさんさんと浴びて、うつらうつら眠っているように見えた。そして遥か彼方には、明るい家々が深緑《ふかみどり》の山肌を、その頂から麓《ふもと》のあたりまで、はだれ[#「はだれ」に傍点]雪のように、斑《まだら》に点綴《てんてい》しているのが望まれた。
 海岸通りにたち並んでいる家では、その柵のところに鉄の格子戸がひろい散歩路のほうに開くように付けてある。その路のはしには、もう静かな波がうち寄せて来て、ざ、ざあッとそれを洗っていた。――うらうらと晴れ亙《わた》った、暖かい日だった。冬とは思われない陽ざしの降り濺《そそ》ぐ、なまあたたかい小春日和である。輪を囘して遊んでいる子供を連れたり、男と何やら語らいながら、足どりもゆるやかに散歩路の砂のうえを歩いてゆく女の姿が、そこにもここにも見えた。
        *     *
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 この散歩路のほうに向って入口のついた、小粋な構えの小さな家が一軒あったが、折しもその家から若い女がひとり出て来た。ちょっと立ちどまって散歩をしている人たちを眺めていたが、やがて微かな笑みを洩すと、いかにも大儀そ
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