つめたく冷え切ってしまったように思われるのだった。彼女はとうとう堪りかねて、ある晩、良人に頼んでみた。
「ねえ、あなた。ここの家はどうしても煖房を据え付けなくッちゃいけませんわね。そうすれば壁も乾くでしょうし、ほんとうに、あたし、朝から晩まで、一時《いっとき》だって体があったまったことがありゃアしないんですのよ」
良人は、自分の邸《やしき》に煖房を据えつけようなどと云う突飛な妻の言葉を聞くと、しばらくは唖然としていたが、やがて、胸も張り裂けよとばかり、からからと笑いだした。銀の器に食い物をいれて飼犬に食わせるほうが、彼には遥かに自然なことのように思われたのであろう。良人はさも可笑しそうに笑いながら云った。
「ここのうちへ煖房だって! うわッはッは! ここのうちへ煖房だなんて、お前、そいつあ飛んだ茶番だよ! うわッはッは!」
しかし彼女も負けていなかった。
「いいえ、ほんとうです。これじゃ、あたし凍っちまいますわ。あなたは始終《しょっちゅう》出あるいてらっしゃるから、お解りにならないでしょうけど、このままじゃ、あたしの体は凍っちまいますわ」
良人は相かわらず笑いながら、答えて云った。
「馬鹿なことを云っちゃアいけないよ。じきに慣れるよ。それに、このほうが体のためにゃずッと好いんだからね。お前だって、もっと丈夫になれるのさ。こんな片田舎のことだ、巴里ッ児の真似は出来るもんでもない、私たちは燠《おき》でまア辛抱しなけれアなるまいよ。それにもう、そう云ってるうちにじき春だからね」
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年が明けて、まだ幾日もたたない頃のことだった。彼女は大きな不幸に見舞われた。乗物の事故のために、両親が不慮の死を遂げたのである。葬儀に列席しなければならなかったので、彼女は巴里へ帰った。それから半歳ばかりと云うものは、死んだ父母《ちちはは》のことが忘れられず、ただ悲しみのうちに日がたった。
そうこうするうちに、うらうらと晴れた温かい日が廻って来た。彼女は生き返ったような気がした。こうして、彼女は、秋が来るまで、その日その日を悲しく懶《ものう》く送っていた。
再び寒さが訪れる頃になって、彼女は初めて自分の暗い行末をじいッと視《み》つめるのだった。こののち自分は何をしてゆけばいいのだろう
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