じいッとしていた。一人の兵士が、女の衣類をいれた包を抱えて、その後からついて行った。
例の将校はしきりに自分の両手を擦りながら、こう云っていた。
「ひとりで着物も著られない、歩くことも出けん[#「けん」に傍点]と云うなら、わし等のほうにも仕様《しよう》があるんじゃ」
やがて、一行はイモオヴィルの森のほうを指して次第に遠ざかって行った。
二時間ばかりたつと、兵士だけが戻って来た。
以来、二度と再びその狂女を見かけた者はなかった。兵士たちはあの女をどうしたのだろう。どこへ連れていってしまったのだろう。それは絶えて知るよしもなかった。
それから、夜となく昼となく雪が降りつづく季節が来て、野も、森も、氷のような粉雪の屍衣のしたに埋もれてしまった。狼が家の戸口のそばまで来て、しきりに吼えた。
行きがた知れずになった女のことが、僕のあたまに附きまとって離れなかった。何らかの消息を得ようとして、普魯西の官憲に対していろいろ運動もしてみた。そんなことをしたために、僕はあぶなく銃殺されそうになったこともある。
春がまた帰って来た。この町を占領していた軍隊は引上げて行った。隣の女の家は窓も戸
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