身を※[#「あしへん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》いて泣きわめくばかりだった。そうこうしているうちに、もう例の将校が這入って来てしまった。老女はそこで彼の膝にとり縋《すが》って、泣かんばかりにこう云った。
「奥さんは起きるのがお厭なんです。旦那、起きるのは厭だと仰有《おっしゃ》るんです。どうぞ堪忍《かんにん》してあげて下さい。奥さんは、嘘でもなんでもございません、それはそれはお可哀相なかたなんですから――」
少佐は腹が立って堪らないのだったが、そうかと云って、部下の兵士に命じてこの女を寝台から引き摺りおろすわけにも行きかねたので、いささか持余《もてあま》したかたち[#「かたち」に傍点]だったが、やがて、彼は出し抜けにからからと笑いだした。そして独逸《ドイツ》語で何やら命令を下した。
するとまもなく、幾たりかの兵士が、負傷した者でも運ぶように蒲団の両端をになって、その家から出てゆくのが見えた。すこしも形の崩れぬ寝床のなかには、例の狂女が、相かわらず黙々として、いかにも静かに、自分の身にいまどんな事件が起っているのか、そんなことにはまるで無関心であるらしく、ただ寝かされたまま
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