は主婦に会いたい、是が非でも会わせろと云いだした。そして部屋に通されると食ってかかるような剣幕で、彼はこう訊いた。
「奥さん。面談したいことがあるから、起きて、寝床《とこ》から出てもらえないかね」
 すると彼女はその焦点のない、うつろな眼を将校のほうに向けた。が、うん[#「うん」に傍点]ともつん[#「つん」に傍点]とも答えなかった。
 将校はなおも語をついで云った。
「無体もたいていにしてもらいたいね。もしもあんたが自分から進んで起きんようじゃったら、吾輩のほうにも考えがある。厭でも独りで歩かせる算段をするからな」
 しかし彼女は身動きひとつしなかった。相手の姿などはてんで眼中にないかのように、例によって例のごとく、じいッとしたままだった。
 この落つき払った沈黙を、将校は、彼女が自分にたいして投げてよこした最高の侮蔑だと考えて、憤然とした。そして、こうつけ加えた。
「いいかね、明日《あす》になっても、もし寝床から降りんようじゃったら――」
 そう云い残して、彼はその部屋をでて行った。
 その翌日、老女は、途方に暮れながらも、どうかして彼女に着物を著《き》せようとした。けれども、狂女は
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