いた。絶望の底にあるこの魂のなかでは、どんなことが起っていたのだろう。それは知るよし[#「よし」に傍点]も無かった。彼女はもう口をきかないんだからね。死んだ人たちのことでも考えていたのだろうか。はッきりした記憶もなく、ただ悲しい夢ばかり見つづけていたのだろうか。それともまた、思想《かんがえ》というものが跡形もなく消え失せてしまって、流れぬ水のように、一ところに澱んだままになっていたのだろうか。
 十五年という永い年月の間、彼女はこうして一間《ひとま》にとじ籠ったまま、じッと動かなかった。
 戦争が始まった。十二月のこえを聞くと、この町にも普魯西の兵隊が攻めて来た。
 僕はそれを昨日のことのように覚えている。石が凍って割れるような寒い日のことだった。痛風がおきて僕自身も身動きが出来なかったので、ぼんやり肱掛椅子に凭《よ》りかかっていた。折しも僕は重々しい律動的な跫音《あしおと》をきいた。普魯西の軍隊が来たのだ。そして僕は窓から彼等の歩いてゆく姿を眺めていた。
 普魯西兵の列は、蜿蜒《えんえん》として、果てしもなく続いた。どれを見てもみな同じように、例の普魯西の兵隊独特の操り人形よろしくと
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