じいッとしていた。一人の兵士が、女の衣類をいれた包を抱えて、その後からついて行った。
例の将校はしきりに自分の両手を擦りながら、こう云っていた。
「ひとりで着物も著られない、歩くことも出けん[#「けん」に傍点]と云うなら、わし等のほうにも仕様《しよう》があるんじゃ」
やがて、一行はイモオヴィルの森のほうを指して次第に遠ざかって行った。
二時間ばかりたつと、兵士だけが戻って来た。
以来、二度と再びその狂女を見かけた者はなかった。兵士たちはあの女をどうしたのだろう。どこへ連れていってしまったのだろう。それは絶えて知るよしもなかった。
それから、夜となく昼となく雪が降りつづく季節が来て、野も、森も、氷のような粉雪の屍衣のしたに埋もれてしまった。狼が家の戸口のそばまで来て、しきりに吼えた。
行きがた知れずになった女のことが、僕のあたまに附きまとって離れなかった。何らかの消息を得ようとして、普魯西の官憲に対していろいろ運動もしてみた。そんなことをしたために、僕はあぶなく銃殺されそうになったこともある。
春がまた帰って来た。この町を占領していた軍隊は引上げて行った。隣の女の家は窓も戸もたて切ったままになっていた。そして路次には雑草があおあおと生い茂っていた。
年老いた下婢は冬のうちに死んでしまった。もう誰ひとり、あの事件を気にとめる者もなかった。だが、僕にはどうしても忘れられなかった。絶えずそのことばかり考えていた。
兵士たちは一体あの女をどうしたのだろう。森をこえて、あの女は逃げたのだろうか。誰かがどこかであの狂女をつかまえて、彼女の口からどこのどういう人間かと云うことを聴くことも出来ないので、病院に収容したままになっているのではあるまいか。しかし、僕のこうした疑惑をはらしてくれるような材料は何ひとつ無かった。とは云うものの、時がたつにつれて、僕が心のなかで彼女の身のうえを気遣う気持もだんだんと薄らいで行った。
ところが、その年の秋のことである。山※[#「鷸」のへんとつくりが逆、92−7]が群をなして飛んで来た。痛風のほうもどうやら鎮《おさ》まっていたので、僕はぶらぶら森のほうへ鉄砲を射ちに出かけた。そして嘴《くちばし》のながい奴を、既に四五羽は射ち落していた。その時だった。僕は山※[#「鷸」のへんとつくりが逆、92−9]をまた一羽射とめたのだが、そいつが
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