木の枝の繁った溝のようなところに落ちて見えなくなってしまった。で、僕はやむなくその獲物を拾いにそこへ降りていった。獲物はすぐに見つかったが、そのそばに髑髏《どくろ》が一つころがっていた。それを見ると、突如として例の狂女の記憶が、拳固でどんと突かれでもしたように、僕の胸のなかに蘇って来た。あの忌わしい年のことだ、この森のなかで命を落した者は、あの狂女のほかにもおそらく幾たりとなくあったに違いない。けれども、僕には、なぜだか知らぬが、あの哀れな狂女の髑髏にめぐり会った、たしかにそれと違いないと云う気がしたのだった。
 と、僕には何もかもが一時に腑に落ちた。それまで解くことの出来なかった謎がすらすらと解けていった。兵士たちは、あの女を蒲団に寝かせたまま、寒い、寂しい森のなかに捨てたのだ。おのれの固定観念に固執して、彼女は、厚くて軽い雪の蒲団に覆われて、手も動かさず、足も動かさず、命をただ自然に委《まか》せたのであろう。
 そして群がる狼の餌食になってしまったのだ。
 やがて、鳥が狂女の敷いていた破れた蒲団の羽毛《はね》で巣をつくったのであろう。
 僕はその見るも痛ましい白骨をしまっておくことにした。そして、僕たちの息子の時代には、二度と再び戦争などのないようにと、ひたすら僕はそれを念じている次第なのだ。



底本:「モオパッサン短篇集 初雪 他九篇」改造文庫、改造社出版
   1937(昭和12)年10月15日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「如何→いか (て)置→お 恐らく→おそらく 己れ→おのれ 兼ね→かね 呉れ→くれ (て)了→しま 慥かに→たしかに 何う→どう 何処→どこ 何れ→どれ 何故→なぜ 復た→また 間もなく→まもなく 以て→もって (て)貰→もら 已むなく→やむなく」
※読みにくい漢字には適宜、底本にはないルビを付した。
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(山本貴之)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2005年2月20日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランテ
前へ 次へ
全6ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
モーパッサン ギ・ド の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング