しど》を匍《は》い出した。三十年このかた同じ料理屋へいって、同じ時刻に同じ料理を食った。ただ料理を運んで来るボーイが違っていただけである。
私は気分を変えようとして旅に出たこともある。だが、知らぬ他国にあって感じる孤独が恐怖の念をいだかせた。私には自分がこの地上にたッたひとりで生きている余りにも小ッぽけな存在だという気がした。で、私は怱々《そうそう》とまた帰途につくのだった。
しかし、帰って来れば来るで、三十年このかた同じ場所に置いてある家具のいつ見ても変らぬ恰好、新らしかった頃から知っている肱掛椅子の擦り切れたあと[#「あと」に傍点]、自分の部屋の匂い(家というものには必ずその家独特の匂いがあるものだ)そうしたことが、毎晩、習慣というものに対して嘔吐を催させると同時に、こうして生きてゆくことに対して劇しい憂欝を感じさせたのである。
何もかもが、なんの変哲もなく、ただ悲しく繰返されるだけだった。家へ帰って来て錠前の穴に鍵をさし込む時のそのさし込みかた、自分がいつも燐寸《マッチ》を探す場所、燐寸《マッチ》の燐がもえる瞬間にちらッと部屋のなかに放たれる最初の一瞥、――そうしたことが、
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