がた」に傍点]で現れだした。愛の何たるかを知ったことが、私をして、詩のような愛情をさえ厭うようにしてしまった。
 吾々人間は云わばあとからあとへ生れて来る愚にもつかない幻影に魅せられて、永久にその嬲《なぶ》りものになっているのだ。
 ところで私は年をとると、物ごとの怖ろしい惨めさ、努力などの何の役にも立たぬこと、期待の空《うつろ》なこと、――そんなことはもう諦念《あきら》めてしまっていた。ところが今夜、晩の食事を了《おわ》ってからのことである。私にはすべてのものの無のうえに新たな一と条《すじ》の光明が突如として現れて来たのだ。
 私はこれで元は快活な人間だったのである! 何を見ても嬉しかった。途《みち》ゆく女の姿、街の眺め、自分の棲んでいる場所、――何からなにまで私には嬉しくて堪らなかった。私はまた自分の身につける洋服のかたち[#「かたち」に傍点]にさえ興味をもっていた。だが、年がら年じゅう同じものを繰返し繰返し見ていることが、ちょうど毎晩同じ劇場へはいって芝居を観る者に起きるように、私の心をとうとう倦怠と嫌悪の巣にしてしまった。
 私は三十年このかた来る日も来る日も同じ時刻に臥床《ふ
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