ところがあるような態度で、私には好意は持てたが変に不審な気のする客であった。
 考えて見ると、なる程あの時、若し短刀を投げたとして、一番恰好な位置にいたのはこの男である。そう云えば、チョークを拾うためとのみ見た、すうっと跼んだままで伸びて行ったこの男の右手は、問題の短刀を握っていたのではあるまいか。いやチョークを拾うにしては、そうだ、右手の高さが確に床よりはだいぶ高い空間にあった。
「知りません――」
 と偽の印度人が云っていた。落付きが、黒い顔に浮んで来ていた。
「兇器なんて――どうかよくお調べになって下さい」
 係官は、実にむずかしい表情をしていた。怒声が、今にも爆発するかと思うような恐ろしい顔付であった。が「いまいましい奴」と噛みしめたように男を睨んだだけで、その怒声は放たれずに済んだ。
 明らかに、係官にも今一歩、つき進むことの出来ないものがあったのである。問題の兇器の行方の知れないことがそれであった。
 係官の推理の跡を辿《たど》って見ると、これが他殺に間違いないから、犯人は明白以上にこの南洋の男でなければならない。そのことは私にすらが充分うなずかれた。が兇器は? この問題に
前へ 次へ
全13ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
橋本 五郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング