むくろとなっていて、でも左の胸の、恰度心臓と覚しいあたりからは、こんこんと真赤な物が吹き出していた。
 もじりの上から只一突きに、何か細身の短刀様の物でやられたらしい。素人の私にそれが解った程、その血の有様はハッキリしていた。
「位置を動かしちゃいけないいけない。誰か直ぐ交番へ。いやお君《きみ》ちゃん、君が行ってくれるのが一番いい」
 四人で撞いていた方の、会社員らしいワイシャツの青年が云った。
 ゲーム取りは、顔色を変えて、それでももう入口の下駄箱から、キルクの草履を取り出していた。
 交番から警官の見えたのは間もなくだった。警官は入口を這入ると、先ず一わたり室の中を見渡してから、
「皆その場を動いちゃいかん」と云いながら斃《たお》れている男の側へやって来た。警官の後ろから従いて帰ったゲーム取りは、しばらく入口に立っていて、やがて静かに扉をしめると、足音に注意しいしい計算器の椅子に凭《よ》った。
 警官がいろいろ問い諮《ただ》しているうちに管轄署からの一行が来た。そして正しい取調べがはじめられた。
 夜――それもまだ宵の口の、何時もなら夜桜の話など出ているであろう撞球場の、入口を閉め
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