が聞えた。
その時であった。この不思議な事件の持ち上ったのは。
はじめ、黒子の男の声は、ぐぐぐぐ、と云うように聞えた。言葉らしいものは何も聞えなかった。新しい撞手はすでにチョークを拾いあげて、それからもう平気な顔で自分の番を撞き出していた。その時分まで、黒子の男が球台の椽《ふち》から顔をもたげないのがちょっと妙ではあった。だが誰も、そんな賑やかな時の蔭に、五尺と離れていない台の向うで、恐ろしい事件が起きていたとは気がつかなかった。
「ちょっと。どうかしましたか?」
そう云う別の台の、跪《かが》んでいる黒子の男の身体が邪魔になる法被《はっぴ》姿の若い者の声と、
「どうぞ、こちらさん無かったのです」
そのゲーム取りの促す声とが二度聞えた。それでも返事がなかったので、それまで尻で物を言っていた別の台の法被が、先ず黒子の男をのぞき込んだ。私も不審な気がしたのでたって行って見た。ちょっとの間、室の中が何とはなしにしーんとした。
黒子の男が殺られていたのは台と台との間である。
「や、これは?」
とその法被が、パタンとキューを打ちなげて、黒子の男を後ろから抱き起した時は、もうそれは一個の
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