水が川のように流れていた。
 朝日が照っているのである。
 田中君は、門から始めて、ぐるりと屋敷の周囲を調べて見た。あの雨だから、血はきれいに流れ去ったに違いない。だが死体をどうしたろう? 運んで行ったか? それにしても何か遺留品がないものか――
「何かお捜しになってるんですか」
 と向いの屋敷の年輩の主人が、何時か出て来て、呆れたように我が家の塀のさまを見ていたのが、不審に思ったのかそう声をかけた。
「いや何でもないんですが……」
 答えたものの、田中君は、相手があまりに事もなげにしているのが返って不思議に思われたので、
「実は」
 とついに昨夜の話をしたのであるが、
「そう、そう仰有《おっしゃ》れば私もたしかに聞きましたよ。しかし、まさか人殺では……」
 と相手は真剣になって来ないのである。田中君は、その相手の変にでっぷりと肥えた身体《からだ》や顔のあたりにチラと疑問の眼を向けた。――これほど条件は揃っているのだ、そしてその条件だけは受け容れて置きながら、何故彼はその結果には肯定が出来ないのだろう?
「ひょっとすると……いや、よし、相手がそれならそれで、僕は必ず何かの手掛を発見して
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