すぞ!」
 とその間は風の音で消されて、次いで急に、
「野郎!」
 と烈しい気合がはっきり聞えた。門近くの板塀のあたりに、重い物体が打つかったようである。同時に大きな暴《あれ》が窓を破るかに打ち叩いた。
 田中君が、殺《や》った、と思った瞬間に、電燈が消えて、こん度はしばらくつかなかった。
「…………」
 行って見たいと思った。しかし膝がガクガクして、内股のあたりは妙に冷え切っているのだった。
 風雨は益々暴れた。寒さがゾクゾクと背を襲った。だがそれから後は不思議に世界がしーんとして、夜は、何のさまたげもなく更けて行くかに思われる。
 十一時を過ぎたばかりであった。田中君は電燈の明るくなったのに力を得て、火鉢にうんと炭をついだ。だが部屋を出て行って見る勇気はまだ出て来なかった。
「明日にしよう、今夜は寝るのだ」
 そうきめたけれど、寝ることもその決心ほどには出来ないのであった。

 門脇の塀が一ヶ所、風のためらしく破れていた。向いの屋敷の板塀は殆ど、扇の骨を抜いたようになって倒れている。
 屋敷町の入口のことで、地面は洗われて反《かえっ》てきれいになっていたが、塀に添った溝にはまだ濁り
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