始めていた。その時彼等二人がいかに乱心しただろうか、自分は考えるだに胸がすくような気がする。諸君自身も二人のその時の気持になってみるがよい――驚きの余り贅沢な客車の窓から外を覗くと、自分の列車は幾年《いくとせ》雨風にたたかれて真赤に錆び蝕《くさ》った廃線の上を死物狂いに突進している! 車輪は錆びた鉄路の上で物すごい叫び声を発して行く!
『その時カラタール氏は夢中に神に祈っていた、と自分は考える――彼の片手からは珠数のようなものがぶら下っていたのを自分は見たから。ゴメズは屠牛所の血の匂いを嗅ぎつけた牡牛のように咆《ほ》え続けた。彼は我々が線路の側に立っているのを見た。そして狂人《きちがい》のように我々に向って手振りをしてみせた。が、やがて彼は自分の手頸に掴みかかって、我々の方角目蒐《めが》けて大切な文書袋を投げつけた。もちろん、その意味は明瞭である。サア自分等はこの証拠を渡す、もし命を助けてくれるなら、何ごとも沈黙を守るという誓いの証拠品を渡す………という意味に相違ないのだ。しかし、仕事は仕事である。第一、列車はもはや我々の力でどうにもならぬではないか。
『ゴメズが咆え立てるのを止めた時
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