『我が親愛なる妻よ。――自分は今まで考えに考えた。が、自分は到底お前と別れ別れになっておるに忍びないことを覚《さと》った。リッジーに対しても同様である。自分はこの心と戦って来たのだ、けれども自分の胸にはやはりいつもいつも御前が帰って来るのだ。英貨にすれば二十|磅《ポンド》の金、それだけの金を自分はお前宛に送る。それだけあればお前とリッジーとが大西洋を航海して来るに充分だと思う。そしてお前は、サザムプトンへ寄港するハンブルグ汽船会社の船でやって来るがいい。[#「。」は底本では欠落]船もよいし、リヴァプール汽船会社のよりは賃金も廉《やす》い。もしお前がここへ来てくれて、ジョンストン館《ハウス》へ投宿するなら自分は何等かの方法で、お前に会う手段を講ずるつもりである。しかし現在自分は身の置き所もないほどの身だ、それにお前達二人を忘れかねて、非常に不幸な日を送っているのだ。今はこれにて、お前の愛する夫から――ジェームス・マックファースン。』
[#ここで字下げ終わり]
そして、一時は、この手紙こそやがて全事件の真相を説明するものに相違ないのだと人々からは確信をもって予想されもしたのだ。彼女はその妹のリッジー・ドルトンを連れて、手紙の趣のように紐育《ニューヨーク》へ渡って、指定のジョンストン館《ハウス》に三週間も滞在した。けれども夫たる失踪者からは一言の知らせさえもなかった。というのは、大方、それについて無分別にも色々書き立てたある新聞の記事に智慧をつけられて、本人のマックファースンが「ここでうかうか妻に会っては足がつく」と覚ったためでもあろう。細君の一行も、またリヴァプールまですごすごと引返《ひっかえ》さなければならなかった。
かくして、カラタール氏等を載せた臨時列車の紛失事件が未解決のままに、今年まで徒《いたず》らに八年の歳月が流れた。ただ、不幸な二人の旅客の来歴を精《くわ》しく探査するにつれて、カラタール氏なる人が中央|亜米利加《アメリカ》における財政家で、政治的代表者であったこと、彼が欧洲への航海中、居ても立ってもおられないほど巴里《パリー》へ早く足を入れたがっていたという事実だけが解ったのであった。それからあの連れの男というのは、船客名簿にはエドゥアルド・ゴメズと記入されたが、この男こそは稀代の兇賊として、また暴漢として中央|亜米利加《アメリカ》を震駭《しんがい》
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