臨時急行列車の紛失
コナン・ドイル
新青年編輯局訳

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)繙《ひもと》いて

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)中部|亜米利加《アメリカ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから4字下げ]
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       はしがき

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 死刑を宣告されて今マルセイユ監獄に繋がれているヘルバルト・ドゥ・レルナークの告白は、私の信ずるところでは、どこの国の犯罪史を繙《ひもと》いてみても、絶対的に先例が無かっただろう‥‥‥と思われるような、あの異常な事件の上にようやく一道の光明を投げあたえた。官辺では、この事件を論ずることを明らかに避けているけれど、そして新聞もそれに調子を合せてほとんど沈黙を守っているけれど、とにかく我々は、この大犯罪者の告白によって、一つの驚嘆すべき事件の謎が解かれたものと見なければならない。その事件とは、今から八年も前に起った出来事でもあり、かつ、当時はある外交上の危機がわが英国民の注意を一せいに呼集めていた秋《とき》だったため、事件の重大な割合には、人々に感動を与えることが薄かったという事情もあるので、従って、記者がその事件について、集めた材料から知り得た限りの確実さをもって、ここにその顛末を述べるのも無駄ではないと信ずる次第だ。
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       一

 千九百――年。それは六月三日のことだった。一人の旅客が――ルイ・カラタール氏という仏蘭西《フランス》名の紳士――リヴァプール港にある倫敦《ロンドン》西海岸線中央停車場の駅長ジェームス・ブランド氏に面会を求めた。旅客は小柄な中年の紳士で、その妙に猫脊のところが、見るからに脊髄骨の不具であることを物語っていた。その紳士にはひとりの連れがあった。それは骨組のがっしりした堂々たる男だった。が、その男のいかにも恭《うやうや》しげな態度と、絶えずあたりに眼をくばっている様子とで、彼が紳士の従者であることが読まれた。こころもち黒みがかった皮膚の色合では、おそらくスペイン人か南アメリカ人だろうと想像された。見れば、そこには一つの不思議なことがあった。小型の黒革製の文書袋をこの男が左手《ゆんで》に携えていたのだ、そして、それは居合せた一人の事務員の鋭い観察眼によると、革
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