をすることが出来て、こんな嬉しいことはないよ」
彼は語り出した。
「君、この脊の高い男が、何時間かの間を、一|呎《フィート》も身体を縮めていなければならないと云うことは、全く冗談ごとではないからね。しかしわが親愛な相棒君、――この種々《いろいろ》の話をする前に、もし君が協力してくれるなら、ここに一つの困難な、かなり危険な夜の仕事があるのだが、いずれそれをすましてからの方が、君に一切の顛末を話すのに、好都合だと思われるんだがね」
「いやしかし僕は、好奇心で一ぱいなんだが、今すぐにききたいものだがね」
「じゃ君は今夜、僕と一緒に来てくれるかね?」
「ああ行くとも、――いつでもどこにでもゆくよ」
「さて、これでまた昔通りになったわけだね。しかしまだちょっとした食事をとるだけの時間はあるのだが、出かける前にちょっとすまそうじゃないかね。さてそうしていよいよ、断崖談としようさ。ところがね君、僕はあすこから遁《に》げ出すのには、決して大した苦労はしなかったのだ。と云うのは、実は僕は、あの中に落っこちはしなかったのさ」
「落っこちはしなかったって?」
「もちろんさ、ワトソン君、僕は実は落っこちなかったのだ。僕が君に与えた通諜は、たしかに正直正真のものさ。しかし僕もあの遁《に》げ道の途中で、死んだモリアーティ教授の、何となく不吉な顔に目が止まった時は、ちょっと、これはいよいよ俺もこれまでかなとも思われた。彼の目には確に、凄愴な決心が充ち充ちていた。それで僕は彼とちょっと二三語応酬し、あの短い通諜を書く、好意ある許しを得たのだった。が、つまりその時書いたのが、後に君のところに届いたものさ。それから僕はそれを、自分の煙草入れとステッキと一緒に置いて、その小径に沿うて歩き出した。モリアーティ教授は、すぐに僕の後に尾《つ》いて来る、――それから僕はいよいよ道がつきた時に、湾の縁に立ち止まった。彼は武器の類はとらなかったが、僕に跳《おど》りかかって来て、その長い腕を僕に巻きつけた。彼はもう自暴自棄になり、ただひたすら復讐の念に燃えていた。われわれ二人は、滝の縁で揉み合ったままよろめいた。僕は、いわゆる日本の柔道と云ったようなものに、多少の心得があるが、これは一再ならず僕には有効であったものである。僕がするうっと彼の把握から抜け出ると、彼はもう死に物狂いの金切声を上げながら、ものの数秒間も無
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