空家の冒険
コナン・ドイル
三上於莵吉訳

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)知悉《ちしつ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)五|磅《ポンド》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]
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 一八九四年の春、――ロナルド・アデイア氏が全く不可解な、奇怪極まる事情の下に惨殺されたのは、当時はなはだ有名な事件で、ロンドン市民は一斉に好奇の目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》り、殊に社交界の驚愕は大変なものであった。
 警察側の探査に得られた、犯罪の詳細については、世間はもう知悉《ちしつ》してしまった形であるが、しかしこの事件の発生当時は、その犯罪の大部分は、秘密に附されたのであった。そしてまた起訴のためにも、その事実の詳細などは、世間に発表する必要などはないほど、圧倒的な大事件であったのである。さてその後十年、――私はようやくこの驚異すべき大事件の、散乱した記憶を集めて、精細に発表する機会を得たわけである。この事件では、事件そのものも、確《たしか》に大《おおい》に興味あるものであったが、しかし私はその事件そのものよりも、むしろ全く想いもよらなかった結末に、絶大の衝動と驚異を感じさせられたのであった。この衝動と驚異はたしかに、私の冒険生活の中でも、断然異数とするものであったと思っている。その後もうかなりの長い時日が経っているのであるが、それにもかかわらずこの事件だけは、今思い出してみても、ぞくぞくと身振いを感じ、今更に盛り返して来る快感、驚異、懐疑と云ったような、かつて私の心を浸しつくした、いろいろの感懐が再燃して来るのを、しみじみと感ずる。私の折に触れて提供する、特異な人物の思想や行動に対して、多少の興味を持ってくれる読者諸君におことわりしなければならないが、私がこれほどの大事件に対して持っていた知識を、早速読者諸君に披瀝しなかったことを、非難しないようにお願いする。私はもちろん何事にかかわらず知り得たことは、早速読者諸君の前に提供することを、私の光栄ある本務と信じているが、しかし本件だけは、彼から固い緘口令が布《し》かれてあったのであった。その緘口令の解除とな
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