く茫然自失の容子であった。しかしもちろん我々の馬車の両側には、とても興味ある眺望があったのであった。すなわち我々の馬車の両側には、英国の特有の田園が展開し、方々に散在している田舎家は、今日の殷盛な人口を思わせ、またあっちにもこっちにも、大きな四角な塔の教会が、平原の地平線の上に屹立《きつりつ》し、緑の濃い風景、――と、昔の東部アングリアの、光栄と殷盛を想わしめるものであった。その中《うち》に遂に、菫色《すみれいろ》の独逸《ドイツ》海の海面が、ノーフォークの海岸の緑の縁を越して現われた。それから馭者《ぎょしゃ》は、茂った樹木の間からそびえ立っている煉瓦と木材の破風を、鞭で指しながら「あれがリドリング村です」と云った。
 私たちが玄関の戸口に乗りつけると、その前面は、テニスコートの横であったが、黒い戸の建物と、台の上に乗っている日時計が目に止まった。これ等については私たちは、もちろん不思議な連想を持っているのである。一人の気のきいたような小さな男が、蝋《ろう》を塗ったような髭をしていたが、二輪馬車から敏捷な容子で下り立った。その男は、自分自身で、ノーフォーク警察の、検察官マーティンであると
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